あなたもどこかで、「生物多様性を失ってはいけない」と聞いたことがあると思います。
なぜ、いけないことなのでしょう?
それは、過去に、生きものが減ったり、絶滅したりしたことで、予想していなかった環境の悪化や、取り返しのつかない変化が起こったことがあるからです。これから、その例を紹介します。
ラッコは、体は小さいけれど、毛がたーーっぷり生えていて、その中に空気をためて、とってもふかふか。冷たい海の上でもあたたかく暮らすことができます。
この毛皮が人間にねらわれました。
1741年からの170年間で、90万頭以上が乱獲(らんかく)され、海からいなくなりました。
ラッコはウニや二枚貝などの海産物をたくさん食べます。
ラッコがいなくなった海では、ウニの数が増えすぎてしまいました。
ラッコがいなくなった海では、
ウニの数が190倍ちかくふえたんだ!
え〜!
ラッコがたくさん食べていたんだね!
ラッコが暮らす海には、ジャイアントケルプという海そうが生えていて、大きな森のように広がっていました。しかし、増えすぎたウニたちがこの海そうを食べつくして、ほとんどなくなってしまいました。
海そうの森は、カニなどの無脊椎(むせきつい)動物や魚たちがエサを取ったり、住みかにしたり、産卵したりする大切な場所でもありました。海そうがなくなって、これらの生きものもいなくなってしまいました。
こうして、人間によってラッコがいなくなり、ウニが増えて、海そうがなくなって、魚などの他の生きものもいなくなる。おそろしいドミノだおしが起こったのです。
現在はラッコの保護がすすめられていて、ラッコが戻った海では、ジャイアントケルプの森も戻りました。
アメリカにあるイエローストーン国立公園は、1871年に指定された大きな自然保護区域です。
ここにはハイイロオオカミがくらしていました。
ですが、家畜をおそうことから、人間によって駆除(くじょ)されて、1930年頃までに絶滅してしまいました。
オオカミがいなくなって、オオカミがエサにしていたシカが増えていきました。
シカは、オオカミが怖くて近よらなかった見通しのいい川の近くの草木も食べるようになりました。
すると、川岸の土に根を張っていた草木が少なくなり、川岸の土がけずられて、川の流れかたも変わりました。さらに、川岸の草木はビーバーの食べものでもあったので、草木がシカに食べられてなくなると、ビーバーも減ってしまいました。
ビーバーは川をせき止めてダムを作ります。これをビーバーダムといいます。
ビーバーがいなくなると、ビーバーダムに暮らしていた魚や昆虫なども減ってしまいました。
また、天敵のオオカミがいなくなったのでコヨーテが増え、コヨーテが食べるウサギやネズミなどが減り、さらにそれらを食べるキツネも減りました。
そこで、環境を元に戻すために、1995年から1996年に合計31頭のハイイロオオカミをカナダから連れてきて放しました。これを再導入(さいどうにゅう)といいます。
オオカミが再導入されたあと、イエローストーン国立公園の環境は元の姿にもどりつつあります。
ドードーは、モーリシャスにいた、大きなくちばしを持った、飛べない鳥でした。
島の外から持ちこまれた動物に卵を食べられたことで、1662年頃に絶滅したと考えられています。
ドードーの絶滅から300年以上たってから、モーリシャス島の固有種である「タンバラコク」という木がとても減っていることがわかりました。
まだはっきりとはわかっていないのですが、これはドードーと関係があると、考えられています。
ドードーがタンバラコクの種をいろんなところに運んでまいていく、種子散布者(しゅしさんぷしゃ)だった可能性があるからです。
タンバラコクの種はあつくてかたいカラにつつまれているので、ドードーのような鳥に食べられて、消化器官の中でカラがけずられないと、芽をだせません。
だから、ドードーの絶滅で減ってしまったと考えられているのです。
このように、絶滅の影響が何百年もたってから初めてわかる場合もあるのです。
ラッコが乱獲されたのと同じころのことです。
ステラーカイギュウは海牛類ジュゴンの仲間で、体の大きさは7メートル以上、体重は4500キログラム以上もあり、海牛類の中ではいちばん大きな動物でした。
他の海牛類とちがって、ステラーカイギュウは、北の寒いベーリング海でくらしていました。
ステラーカイギュウは河口や入江のような浅い海で、ジャイアントケルプなどの海そうを食べていました。天敵がいなかったためか、動きのゆっくりとしたおとなしい動物でした。
そのため、ラッコなどの毛皮猟をする人たちの食べものとして乱獲されるようになり、発見から27年後の1768年に絶滅してしまいました。
ステラーカイギュウ1頭で、
33人が1ヶ月も食べられる肉の量が取れるんだ
でも、つかまえたのに食べないで
たくさん捨てていたそうだよ
TURVEY, S. T.; RISLEY, C. L. Modelling the extinction of Steller‘s sea cow. Biology Letters, 2006, 2.1: 94-97.
ステラーカイギュウの絶滅から250年以上がたちました。
いまのところ、海の環境がどう変化したかわかっていません。
本当に何も変化していないのか、長い年月をかけて変化しているのか、もう変化しているけど気づいていないだけなのか、それもわかりません。
わたしたち人間は、自然のしくみについて、まだほんの少ししか理解していないからです。
特に生態系や生きものどうしの結びつきについては、まだまだわからないことだらけです。