マナティー研究所は、毎年さまざまな分野の専門家をご招待して、サイエンスカフェを開催しています。
2024年度のサイエンスカフェに講師としてご登壇いただいたのは、プラスチック問題の第一人者として著名な高田秀重先生(東京農工大学)です。
なぜ海にプラスチックのごみが増え続けているか、ご存じですか?
街から出たごみがちゃんと処理されないと、川などの水の流れを通じて、最終的に海へと流れていきます。こうしたプラスチックは、大気や陸上、水中を漂いながら、紫外線や波などで細かく砕かれていって、小さなマイクロプラスチックになります。
マイクロプラスチックとは、5ミリメートル以下の小さなプラスチックごみの総称です。大きなプラスチックが砕かれて小さくなるものの他にも、マイクロビーズやレジンペレットなど、もともと小さい状態で生産されるものがあります。
しかし、他にもマイクロプラスチックには発生源があって、使用中のプラスチック製品ではすでに劣化が始まっているのだそうです。
ペットボトル1本に12万個のナノプラスチックが含まれている
電子レンジで温めることで、1平方センチメートルあたり420万個のマイクロプラスチックが放出される
こうした事実が研究で明らかになってきています。
プラスチック製品が使われる際に、マイクロプラスチックやさらに小さなナノプラスチックが放出されていて、特に飲食を通して私たちの体に入ってきている、というのは驚きでした。
これまでも、身近なマイクロプラスチックの発生源として、化学繊維の洋服、人工芝、タイヤの摩耗などが知られていました。他にも、キッチンでよく使うポリウレタンのスポンジ、汚れが落とせるメラミンフォーム製のスポンジなども発生源です。
コロナ禍で推奨された不織布のマスクもポリプロピレンで作られています。
私たちの生活で発生したマイクロプラスチックは、下水処理だけでは完全に取り除けず、川や海へと流れ込んでしまうのです。
こうしたプラスチック汚染は、人間にも影響が出ていると懸念されています。海の生きものの食物連鎖を通じて、プラスチックが人間の体にも入ってきていると考えられているのです。また、大気中にも小さなプラスチックが浮遊していて、呼吸を通じて体内に取り込まれているとのこと。すでに、人の血液中からも微細なプラスチック粒子が発見されているとのことでした。
生態系のすみずみにまで小さなプラスチックが広がっているとは… ゾッとするような事実です。
では、このプラスチック汚染は何が問題なのでしょう?
海洋生物がプラスチックを食べたり飲み込んだりしてしまい、物理的なダメージがあることはよく知られています。
今回のサイエンスカフェでは、プラスチックに含まれる添加剤(化学物質)の危険性について詳しく紹介していただきました。
先生は、日焼けに例えて教えてくださいました。
「人は、日焼けで皮ふが劣化するのを防ぐために日焼け止めをぬります。同じように、プラスチックの用途に応じて、劣化を防ぐためにさまざまな化学物質を練り込んでいます。
酸素による劣化を防ぐ酸化防止剤、熱のかかる場所に使われる場合は、燃えにくくするための難燃剤が。このように、ほとんど全てのプラスチックには、何らかの添加剤が入っています。」
こうした添加剤は、製品として使われるときに害のないように封じ込められています。しかし、プラスチック製品が細かく砕けることで、中の添加剤が外に溶け出しやすくなるというのです。つまり、海を漂いながら砕かれていくマイクロプラスチックからは、添加剤(化学物質)が溶け出しているということです。
さらに、食物連鎖を通じて、『マイクロプラスチック→プランクトンの体内に添加剤が蓄積→それらを食べる魚などの体内(筋肉や肝臓)に蓄積』という流れがわかってきました。
つまり、添加剤が魚介類に取り込まれることで、人間にも曝露しているということです。
予想以上に、プラスチックの添加剤が間接的に人に曝露する量が多い
これまでの研究では、病気と添加剤の関連も報告されています。
添加剤の中には『環境ホルモン』として知られる体に良くない化学物質も含まれています。これには、生殖や成長に影響を与えるものがあります。すでに海の生物では、環境ホルモンが原因で病気や生殖の問題が起きました。
「環境ホルモンの人への影響がわかるまでには、数十年、または世代を超えるなど、時間がかかると予想されます。今すぐ影響が見えなくても対策が必要です。」
「この問題を解決するためには、プラスチック製品の使用を減らしていかなくてはいけません。」
日本ではプラスチックの2/3が焼却処分されています。これを『サーマルリサイクル』とも言いますが、「温暖化問題やダイオキシンの発生を防ぐ焼却炉の持続性への懸念から、リサイクルとは言えないのではないか」、と先生は指摘されました。
また、現在行われているさまざまな『アップサイクル』の活動では、海岸に漂着するプラスチックを回収したり、作品にしたり、それらを再加熱したりすることがありますが、こうした活動への危険性を指摘されました。有害な化学物質を吸着している可能性があるため、取り扱いには注意が必要だということです。
使うプラスチックの量を減らす、生産量を減らす
こうしたお話を聞いて、プラスチック問題解決のためには、やはり使うプラスチックの量を減らす、生産量を減らす、ことが一番必要なのだとわかりました。
実際に、高田先生は普段の生活から徹底してプラスチック製品の使用を抑えていらっしゃるようです。
個包装されていないパンを購入して、ステンレスケースに入れて持ち帰る。衣類は化学繊維をできるだけ使用しない(でも靴下は伸縮性が必要なので難しいそう)。国内外の出張や調査では常にマイボトルを持ち歩き、水を購入しないで済むように給水をしつつ過ごしている、とのことです。
さて、私はこのようなお話を聞きながら、先生とご一緒したカレー屋さんで出されたおしぼりの袋を開けて使ってしまいました。先生はそれを使わず、ご自身のハンカチやティッシュを使っていらっしゃいます。
プラスチックはあまりにも生活に馴染みすぎています。気を引き締めていないと、たいして必要ないものでもつい使ってしまうことがよくわかりました。私たちの『当たり前』を変えるのはとても難しいことですが、学んだ以上は行動したいと思いました。
けれども、「プラスチックフリーの生活を目指す!」と意気込んで、今持っているプラスチック容器や製品を捨てたり、化学繊維の服を捨てたりするのは要注意です。
プラスチックごみを増やすことで、焼却による温暖化の加速やダイオキシンの発生などが起きるのです。自分さえ良ければ良い、という考え方ではなくて、やはり環境に配慮することが大切ですよね。
また、プラスチック容器に入った食事が怖い、と臆病になりすぎることも良くないと思いました。私たちそれぞれにライフスタイや事情があり、常に家で料理を作り続けることができない場合もあります。
先生がおっしゃっていたように、「陶器のお皿にうつして温める」、という一手間で、添加剤やプラスチック汚染への曝露量を減らすこともできます。
できることから始めて、ずっと続けられるスタイルを見つけていくことが大切だと私は思いました。
サイエンスカフェにご登壇いただいた高田先生、参加してくださった皆様、ありがとうございました。
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