報告者:冨田明広
大きなナスがたらいに浮いているような写真。これが私が初めて見た赤ちゃんマナティーです。
よく水を弾くつるっとしたゴムのような質感。ナスよりも濃い黒。
この不思議な生き物が、大勢の日本からのよそ者に囲まれてこわごわと水面から静かに浮き上がってきました。
鼻の穴をプカプカと閉じたり広げたりしながら、大きな哺乳瓶でミルクを飲んでいました。
飛行機で羽田空港から出発し、12時間ほどかけてドーハへ。そして12時間ほどかけてブラジルの大都市サンパウロへ。さらに飛行機を乗り継いでやってきたマナウスというアマゾン川の都市で、マナティーと出会いました。
私にとって、マナティーという動物は、ドラゴンやゴジラのような架空の生き物と大差のない存在でした。動物番組で見たことがある程度。アマゾン川といえば、凶暴なピラニアや巨大魚ピラルクだったので、マナティーは完全にノーマーク。荒々しい弱肉強食の世界アマゾン川に生きているのに、こんなにのーんびりとしていて大丈夫なのでしょうか? 不思議な動物マナティーを毛穴まで観察できる距離で見るのは初めてのことでした。
菊池さんとの出会いも、この赤ちゃんマナティーがつないでくれました。
アマゾンへの旅は、2016年に行われたJICA横浜が行う教師海外研修の一環です。オリンピックイヤーで世界中がブラジルに注目をしていた頃、JICA横浜もその年からブラジル研修を新しくスタートさせ、第1回目の募集で僕は幸運にも拾い上げてもらうことができました。
菊池さんは,赤ちゃんマナティーの保護もしている国立アマゾン研究所(INPA)でマナティーの研究をしていて,私たちがそこを訪れたときにたまたま出会うことができました.
これは偶然の出会いでした。
INPAの熱帯雨林や野生動物が住む施設の中を散策しながら、マナティーへの情熱や熱帯雨林の伐採の話を聞かせてもらいました。
その頃、日本に帰って小学校の先生としてどんな価値のある教材を持ち帰り、子どもたちと国際理解教育を進めていこうかと考えていたので、このマナティーと菊池さんとの出会いでいっきに授業のプランが広がることになります。
熱帯雨林の中でマナティーや熱帯雨林の話を聞かせてもらえたことが、後々のマナティー研究所の設立に携わるまでに発展していきます。
菊池さんの第一印象は、変わった人でした。
お話を聞くと、一年の4分の1くらいをマナティーを追って海外に行くことに費やしているそう。
マナウスは高温多湿で、私も熱中症になりかけたぐらい、体力的には厳しい環境です。
太陽の光が光線銃のように上空から降り注ぎ、初めてマナウスに降り立ったときに、日光の色が違うと感じました。日本とは明らかに環境が違います。
そんな街に一人で乗り込んで、この不思議な動物マナティーを研究しているというのですから、本当に変わった人だと感じました。
INPAで電気ウナギを見た帰りの小道で、マナティーを研究し始めたきっかけについて質問をしました。すると、返ってきた答えは、
「美ら海水族館で出会ったから」
という誰にでも当てはまりそうな特別ではない体験から。
私自身も美ら海水族館でマナティーを見ていましたが、彼らを研究しようとは思いませんでした。私と同じ体験をしているのに、生き方が全く違う。
研究者という専門的なお仕事に就いた最初の一歩は、それほど特別でない日常生活の何かから始まっているということ。そのことは、子どもたちを惹き付ける魅力になるのではないかと考えました。
何も特別なことをしようとしなくていい。
日常生活のふとした瞬間が、ある日突然広がって、自分の夢中になれる仕事になったり、自分の人生を捧げるぐらい大切なものになったりするということを、この菊池さんの生き方から子どもたちに伝えられるのではないかと思いました。
マナティーと菊池さん。
おもしろい教材を2つも発見し、これで子どもたちをブラジルという不思議な世界に惹き込んでいけると、確信したわけです。
次回は,小学校で実施したアマゾンに関連する授業についてご紹介します.
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