報告者:冨田明広
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菊池博士から子供達への手紙にはこうありました.
「みなさんは、アマゾンマナティーのくらすアマゾン熱帯雨林をはじめ、世界の熱帯雨林が減っていることを知っていますか?
そして、熱帯雨林が減っていることと、私たちの生活が実は関係していること、気づいているでしょうか? 熱帯雨林からとおくはなれた日本にくらすわたしたちも、気づかないうちに熱帯雨林を犠牲にしているのです。」
私達は、パーム油や牛の放牧、そして大豆の栽培などで、熱帯雨林の伐採と関わりのある生活を行っていることが分かりました。
遠く離れたブラジルにある熱帯雨林は一見私達の生活と関わりのないように思えますが、大豆油の加工品、大豆飼料で育てた精肉や乳製品などを通して、私達の生活にはなくてはならないものになっていたのです。
そのことに気づかないで暮らしていた私達。
子どもたちも少なからず衝撃を受けているようでした。
この学習に入る前、この問題を子どもたちに提示するかどうか決めるときに、教師として私はとても悩んだことを覚えています。
大人も含めて私達全員が、熱帯雨林を切り開いて作られた大豆と密接につながりすぎて、もはや無くてはならない食品になっています。
そして、そのことに私自身も気づかないで暮らしてきました。
普通に過ごしていたならば、気づいたとしても深く考えなかったことでしょう。
子どもはもちろん、どんな大人であっても、複雑に絡み合ったこの問題をスマートに解決できる人などいないのです。
私自身も解決のためにどう行動したらよいかわからない問題を、子どもたちに突きつけてよいのでしょうか。
子どもたちを罪悪感で苦しめることがあってよいのでしょうか。
菊池博士と私との対話の中で、一つの結論に至った言葉があります。それは
「知ることから始まる」ということです。
ここで、大人が子どもたちに今ある問題を明らかにしなければ
子どもたちはもしかしたら一生、この熱帯雨林の伐採の問題に向き合う機会はないかもしれません。
機会を逸すれば、確かに子どもたちは罪悪感に苦しまないで済むかもしれません。
けれども、それは私達が子どもたちを自立的な学び手として信頼していないことにも繋がります。
子どもたちは、今は何もできないかもしれませんが、学習を通じて自立的な学び手として成長し、将来、環境破壊へ真剣に取り組む一人の成熟した市民に成長するかもしれません。
今は教壇に立つ私もまた、自分の幸せな子ども時代に、環境について考え、問題を知り、無力さも知り、託されてきてここにいるのです。
私達も次の子どもたちの世代に託していく必要があります。
その受け継がれてきた文脈のなかで、ピクリとも動かないと思われた問題も脈動し、問題解決へと動き始めていくのです。
このような思考の中で、子どもたちとともに私自身もこの問題と向き合うことに決めたのでした。
菊池博士から2通目の手紙が届きます。
これは1通目の手紙の続きでした。
子どもたちが一生懸命探究を続けてきた結果として、菊池博士がそれに応えるように書いてくれたのでした。
子どもたちは、早く読んでほしいという気持ちでわなわなと落ち着かない様子でした。
うやうやしく封筒から取り出して、読み始めました。
「さて、さきほど「今すぐマナティーの数を増やすためにできることはありません」と言いましたが、私たちに今できる大切なことがあります。
それは、マナティーに何が起きているか知ること、そしてそれを自分以外の人に伝えることです。
みなさんはマナティーにきょうみをもってくれたので、こうしていろいろと学びましたね。
絶滅してしまいそうなたくさんの動物たちがいることや、マナティーのくらす熱帯雨林がどんどんへっていることも知りました。
こうして知ったことをもっとくわしく調べて、それを自分以外の人に伝えることで,みなさんが知った大切なことをたくさんの人に広めることができます。
さらに、「自分はマナティーの数が減っていることについてどう思ったか」
「マナティーを守るためにどうしたらいいと思うか、どうしたいか」
「熱帯雨林がへっていることについてどう思ったか」など、
自分が考えたことを友達や家族、先生とお話ししてみてください。
こうして「知ること・伝えること」がなによりも大切です。
どうぞたくさん調べて、学んで、いろいろな人に伝えていってください。
絶滅しそうなマナティーの数がもどるまでに、何十年かかるかわかりません。
こわしたものを元どおりにもどす、というのは、ほんとうにたいへんなことです。
だからこそ、絶対にこわしてはいけないのであり、こわさないためにはどうしたらいいかを、考えていかないといけないと思います。
わたしも研究をつづけて、マナティーや熱帯雨林を守るためにどうしたらいいか、しっかりと考えて、たくさんの人に伝えていくように努力します。
みなさんもいっしょにがんばりましょう。
京都大学野生動物研究センター
菊池夢美(きくち むみ)」
子どもたちは考えました。
菊池博士は自分にできることを一生懸命やっている。
では、私達は?
私達ができることは何なのでしょう?
0を1にするような、小さくとも価値ある一歩を踏み出すためには何をしたら良いのでしょうか?
私自身も迷いました。
ところが、何人かの子どもが言うのです。
「全校に伝えよう。学習発表会で劇にして、全校に伝えよう!」と。
この問題はもっと多くの人が知るべきだし、伝えることが今できる重要なことなのではないかと。
本校では学習発表会があります。
クラスは、自分たちが興味のある分野について練習したり調査したりしたことを、ここで全校に発表できます。
これは保護者の参観も可能で、子どもたちの言うように、たしかに沢山の人に伝えることができます。
しかし、劇化するとなると時間も手間もかかります。
子どもたちにとってもいろいろな友達と折り合いをつけなければならず、忍耐力や動く力が試されます。
3年生の子どもたちにとって、どれだけの負荷がかかるでしょうか。
「菊池博士は「知ること」と「伝えること」が大切で、自分も研究して人に伝えるって言っています。
だから私達も研究したことをみんなに伝えなくちゃいけません。
自分たちが知っているだけじゃ解決しません。」
この子は、私自身が大きすぎる問題を前にして逡巡していたのを見透かすかのように、このように書きました。
子どもたちは複雑な問題を前にしても、勇気ある一歩を踏もうとしていました。
そこで、教師としてできる僅かなことですが、時間を確保し、子どもたちの議論に寄り添うことで、劇を具体化していくことに決めたのです。
つづく(次回が最後です)
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